雪の中、ダンディズムについて

BERUNです。

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久しぶりの大雪になりました。
こちらは昼間の写真。まだまだ序の口ですね。夜は実家の青森に帰ったかのような雪景色になりました。

雪質にもよりますが、雪の日はできるだけ傘は差さずに歩きたいわたしです。
肩と帽子に雪を乗せて背中を丸めて歩く。雪の日ならではの楽しみ方。
雪国生まれの人だけが会得している歩き方があります。それを街で見かけると、あの人は東北生まれだな。と勝手にうれしくなっています。

 

昨年は色々と仕事以外も忙しくしておりまして、年間目標としていた映画の本数と読む本の数、どちらも達成しませんでした。
今年は映画100本、本は2週間に1冊読む、という目標を立てました。
映画は好きですが、本はどうも苦手なわたしです。

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雪が降りしきるこんな日は読書をします。
わたしが2010年から書き始めたこのブログ、伊達男日和。サブタイトルにはDandyizm Lifeと、当時から恥ずかしげもなく入れています。
ダンディとはなんなのでしょうか。それはこういった類の本を読めば、わたしよりも見解を深めた方の意見がありますので、ここでは割愛するとします。笑

ダンディ、という言葉を聞いて、わたしはなんだかこそばゆい気持ちになります。言ってしまえば、そんなアイデンティティは自分の中にはないと思っているからかもしれません。
世界を動かしてきたダンディと呼ばれる男たちの破天荒な人生を見ていると、わたしの行く先はダンディではないとつくづく感じます。
至って普通に洋服を愉しみ、人生を狂わせるほどまで何かに熱中したり狂乱することはありません。もちろん時代背景もあるとは思いますが。

ダンディという言葉は、現代ではすでに死後になりつつあるように感じます。
戦後の文豪や俳優たちが亡くなったときに、日本にダンディを語れる男たちはいなくなったとわたしは思います。

一つ明らかに変わったことは、ダンディズムを突き詰めるまでに、人生に追いつめられるような人がいなくなったことです。
戦後の経済成長によって、週休二日制が一般的となり、家族と余暇を過ごすというようなライフスタイルが定着してきました。そんな明るく平凡な人生の先に、ダンディズムはありません。
偏った男の理想像を何があっても突き詰めるという、病的なほどの力強さがなくては、そこに行きつくことはできないと思います。

今の時代は、SMART(この英語も日本では安っぽく表現されてしまっていますね…)に人生を愉しむ、という風にシフトしてきています。

今という時代の中で、自分らしいアイデンティティを見つけるということが、この移り変わりの早い時代を生き抜いていく上で、一つの方法だと思います。

わたしは食に関してとても健康思考で、しっかりと運動もします。なるべく早寝早起きを心がけています。とてもダンディとは呼べません。笑

ダンディと呼ばれる人たちは、それらを差し置いてでも、旨いものや、人生を愉しむ娯楽に命をかけていたでしょう。家族を投げ打ってでも、自分の生きる人生、この一瞬を誰よりも本気で愛する。

そういう意味では、そのように生きる人たちに強い憧れはあります。自分にはないものを持っている。

また、彼らに共通しているのは、都会生まれ(江戸)の人がほとんどです。子供の頃から、大人とはこういう生き物なのか、と一種の英才教育を受けて育つ彼らは、順当に強い漢像を描いていきます。

金はかかるし、身体にも負担がかかる。気苦労も多いでしょう。だからこそ、誰にも曲げられない精神、何にも変えられないストイックな人格が出来上がるのだと思います。

そんな漢の憧れを実直に進み続ける人たちを、わたしは本気で尊敬します。

 


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