BERUNです。
先日の地震、皆さま、そしてお知り合いの方は何事もなかったでしょうか。
わたしの周りでは、幸い大きな被害に遭った方はいませんでした。
地震の後、神楽坂の店に行きましたら、対で揃えていた100年前のリアルアンティークのカップアンドソーサーが一組割れていました。。
(奇跡的に、もう一組のソーサーは落ちていたのに割れていませんでした!)
わたしが大切な方から譲り受けた一品だっただけにショックでした。
人に何もないことが一番ではありますが、思い入れのある物が壊れてしまうのはやはり残念ですね。
洋服屋の気持ちはもうすでに春、というのは以前お話ししましたが、わたしは季節問わず、いつでもいいと思ったものは仕入れますし、作る性分です。
昨年の秋に、今年の夏を見越して仕入れたリネンシャツの生地もあります。
そんな感覚で、もう季節は春に向かっていますが、わたしがずっと作りたかったコートがようやく完成したので、今回はそちらのコートの紹介をいたします。
バルマカーンコート
日本では和製英語のステンカラーコート、またはラグランコート、と呼ばれるコートです。
正式名称はバルマカーンコート(Balmacaan Coat)。
元々はスコットランドのハイランド地方にあるバルマカーンという地名に基づいたコートであるといわれています。
スコットランド北部にBalmacaan Forest、というエリアがありますね。その近くにはネス湖で有名なインヴァネス(inverness)があります。インヴァネスコートもこの辺りで着られていたものです。悪天候に耐えるために生まれたこれらのコートは、現代は紳士のための洋服へと昇華しました。
こちらはお客様が持ち込まれた生地、ジョンストンズのカシミア100%の生地です。厚すぎない、上品な軽さがある生地でしたので、肩線が出るカチッとしたコートよりも、柔らかな印象のコートの方がいいと思い、バルマカーンコートにいたしました。
色合いが独特ですが、これだけたくさんの色を入れても奇を衒った感じにならないのは、さすがジョンストンズです。
ラグランスリーブのこの気の抜けたイメージが、大人の男を感じさせてくれます。むしろ、若造には似合わない、R40前後の色気を感じるコートです。
とてもいい生地に巡り会ったので、わたしも同じ形のコートを作りました。
生地感が異なるので、ジョンストンズのカシミアと印象が変わって面白いです。
写真では暗く写ってしまうのであまり生地の感じが伝わりませんが、ブラウンのキャバルリーツイルです。
今回はどちらもベルテッド(腰にベルトを付けた)仕様にしました。
ラグランコート自体、あまり身体のシルエットを出すものではないため、全体の見た目はAラインになります。そこにベルトを付けることで、ウエストがぎゅっと絞れてとてもエレガントな印象になるのです。
ラグランというと、世間一般的にはコットン素材を思い浮かべると思います。
このシルエットはまさにハンフリー・ボガード演じる「カサブランカ」のトレンチコートの着こなしに通ずるものがあります。
ですが、わたしはビスポークするのでしたら、コットンのような植物性素材ではなく、ウールのような絨毛素材を選ぶ方がいいと思います。
コットンのラグランコートは巷に溢れかえっていますから、わざわざオーダーしなくてもいいのではないかと思うのです。そして、自分の身体に合わせて自分で生地を選べるなら、曲線が活きるウールにした方が断然綺麗なコートになります。
(余談ですが、わたし的にトレンチコートを最高に格好良く着こなしている映画は1963年のフィルムノワール、フランス映画の「いぬ」です。「勝手にしやがれ」で有名なジャン=ポール・ベルモンドが抜群に格好いいです)
テイラー&ロッジ社のキャバルリーツイル(キャバリーツイル)です。
キャバルリーツイルはわたしがとてもお勧めしている生地で、軽さとハリ感のどちらも楽しめる、とても贅沢なものです。
薄手のウール素材のラグランコート。どことなくフランスを感じます。通好みですね。
少し昔のテイラー&ロッジの生地です。この控えめなタグが格好いいですね。
スプリングコート
コートのレパートリーが増えてくると、春になるギリギリまで着られるコートが欲しくなってきます。今回お作りしたコートもまさにその類。着る時期が短いスプリングコートと呼ばれるものです。
ドーメル社のウール・カシミア・シルク、というとても贅沢な三者混の生地。
カシミアが入っているので、一見冬物と思ってしまいそうですが、こちらの生地はかなり薄手です。三者混で薄手というのは生地を作る上ではとても難しく、それゆえかなり高価なものになります。
高価でありながら耐久性は劣るという、洋服の価格が一定を超えたところから価格と耐久性が反比例していく始まりの位置にいるような生地です。
わたし自身、今まででしたらこのような生地は、「解せぬ!」と一蹴していたのですが、ここ最近の心境の変化で、「これはこれでアリ!」と腑に落ちました。
気持ちの変化としては、洋服はそもそも人生に彩りを与えてくれるものだということに改めて気付いたことです。ただ生真面目に、「永く着られるものでなくてはいけない」、「柔な服は男の服ではない」などと、選択肢を狭めていては、なんだかツマラナイ人生になってしまうのではないかと感じたのです。
たまには気取って、華やかな洋服に身を包んだっていいのです。そのメリハリがあることで、どちらも楽しむことができます。
わたしのお客様でも、普段はラグジュアリーブランドを着ていながら、BERUNも着ておられる方が何人かいらっしゃいます。
どちらの世界観も尊重できることが、余裕のある空気感を作り出すことができるのでしょう。
内側は背抜きにしてあります。
ここで一つ豆知識です。実は洋服を作る側としては、総裏地よりも背抜きの方が、手間がかかるというのはご存知でしたでしょうか。
厳密にいうと、ただ背を抜いているだけのところもありますが、しっかりと手をかけている工房の場合、背抜きの方が工程が増える場合があるのです。
これは総裏地にした場合、裏地で隠せてしまえるのに、背抜きでは中が丸見えなので、しっかりと手をかけて施さないと粗が目立ってしまうのです。
洋服に詳しいお方でしたら、この内側を見ただけで、かなり手間がかかっていることをお分かりいただけると思います。
この辺の細かな部分が、いわゆる日本人がお好きな(※)ディテール思考だけでは測れない仕立てのレベルのところです。
(※)ディテール思考=お台場仕立てや水牛ボタン、AMFステッチ、本切羽など、ぱっと見のディテールのみでスーツの良し悪しを決める思考のこと。(たった今思いついた造語です笑)
革手袋でも、裏地が付いていないものの方が高いブランドがあります。それはまさに革の裏側を見せなくてはいけないため、裏に傷がなく、革のクオリティがより高いものを選ぶためです。
肩パッドも抜き、極めて柔らかな仕立てにしてあります。
ここも、ただ抜いただけでは格好良く仕上がりません。何かを抜くためには、どこかに手をかける必要があります。何事もバランスです。
これから夏になると、多くの人がただ引き算をして、結果、衣服面積がどんどん少なくなっていってしまいます。
そうではなく、どこかを抜くなら、どこかを足すなり、どこかに別の形で補填していく必要があるのです。
何事もバランスが大切です。
-Atelier BERUN-
東京神楽坂のビスポークテーラー
東京都神楽坂6-73-15
メゾンドガーデニア301