時代を超えて語り継がれていくもの

BERUNです。

ようやく涼しくなってきました。
昼間、町を歩いていると、たくさんの人たちが秋冬物の買い物を楽しんでいるのを見かけます。
やはりファッションはこれからの季節ですね。

ヴィンテージ生地で仕立てる価値

Scabal(スキャバル)のヴィンテージツイード生地。ブルーのシンプルな柄で、軽いタッチのため、都会的な印象のあるツイードです。
これは仕入れたときに、すぐに無くなるだろうと思っていました。(わたしが作りたい,,)
ヴィンテージ生地は長い年月、形にされることなく、残り続けてきたものです。
大抵のヴィンテージ生地は残ってきたものなので、時代性を感じるようなものが多いです。その中で、このようないつの時代も使いやすい生地は、そうそう見つかりません。
下に敷いているブルーグレーのコットンキュプラの裏地を合わせてお仕立ていたします。
あまり肩肘張った仕立てにはせず、生地のハリだけを活かした、柔らかな仕上がりでお作りします。

とてもありがたいことに、今年は長年温めていた生地が嫁入りすることが多いです。こちらの生地ももう見つけたのは7,8年前になります。20代前半の頃、わたしが狂ったように生地を漁りまくっていたとき、好意にしていただいていた生地屋の社長が、そんなに好きならと特別に見せてくれて、譲ってくれた逸品です。
1980年代(それ以前かもしれない)のErmenegildo Zegna(エルメネジルド・ゼニア)、カシミア100%のコート生地。耳にもしっかりと時代を感じるフォントで、印がなされています。今の時代のゼニアは少しハイソなイメージで、好みが大きく分かれるブランドですが、当時のもののクオリティはため息ものです。こんなに素晴らしい生地を作っていたのか。と何度見ても唸ります。
肉厚で、カシミア100%でありながら光沢が出すぎていない、大人さのある生地。若造には決して着こなせない、R50の生地です。このような生地でコートを仕立てることができることにとても喜びを感じます。
カットしたとき、ハサミが鳴らしたことがない鈍い音を鳴らしながら生地を割いていきました。畳んでいたとき、コート一着分の重さではない、まるで毛布を持っているような感覚に、自然と笑みがこぼれました。

なぜ過去を超えられないのか

話はだいぶ逸れますが、昨日、あるピアノのコンサートに行ってきました。そのとき弾いていたピアノが、THE STEINWAY &SONS.(スタインウェイアンドサンズ)の1912年製のアンティークピアノでした。あくまでわたしの解釈ですが、音は乾いた音で、低音は地鳴り声を上げるような音で、高音は冬の空に向かっていくような冷たいかん高さを感じる、現代の楽器とは全く異なる音色でした。

そのコンサート会場を運営している会社のオーナーはよく、「時代が進んでいるのに、昔の楽器を超えられないのか?」という質問を受けるのだそうです。
生地の業界でも、同じような質問は常に巻き起こっています。
当時を想像してみると、楽器は一般人に向けてではなく、貴族・王族、または高貴なプロフェッショナルのために作られていたものです。
「お金はいくらでも出すから、最高の物を作りなさい」というオーダーであれば、職人も腕がなるでしょう。

現在新国立美術館で12月16日まで開催しているカルティエ展を見てきても、同じことを感じました。
(↓とても素晴らしい展覧会でしたので、お時間のある方はぜひ行かれてみてください)
https://www.nact.jp/exhibition_special/2019/cartier2019/

現在作られているものももちろん美しいのですが、1920年代までの作品は、圧倒的な美しさがありました。文化的視座の高いパトロンがいて、王族・貴族文化が残っていて、美しいものを作れば適切な評価をもらっていた時代の作品は、人間の本能に呼びかけるなにかがあります。

ピアノの黄金期が1900年代前後だと仮において考えると、わたしは洋服の生地の黄金期はもう少し時代が進んでいった頃だと思っています。
(その当時の洋服の生地は、硬くて、ゴワゴワしていて、技術がまだ進んでいないことを如実に感じます)
戦後、機織り機が進化していき、経済成長を遂げ、メーカーがこぞって技術競争をしていった時代。その時代の物は、今見ても感動するものばかりです。
現在ではもう作り出すことができないものばかりで、作り手の情熱と右肩上がりの業界の成長が重なったとき、爆発的にいいものが生まれていました。

さて、話を元に戻しましょう笑

いつの時代も冬はツイード

ツイードの洋服も着々と出来上がっています。こちらもイギリスのヴィンテージのツイード生地です。
今回は、ジャケットとウェストコートを揃いの生地でお仕立てしました。

下はブラウンのモールスキン。シワの入り方を見ていただいても、硬さと厚みを感じていただけるかと思います。
ウェストコートは背中も表地にすることで、単品使いすることができます。
(シャツがカジュアルシャツであったため、タイの結び、首回りが完璧でないことをお許しください。。)

ご夫婦でいらっしゃったT様。「ポワロに出て来そうだよね」なんて話をして盛り上がっていらっしゃいました。
ツイードは一筋縄ではいかない生地です。はじめは洋服に着られます。
本格的なツイードは現在の洋服とは存在感が全く異なるため、「〇〇の人みたい」となるわけです。
それを着て着続けていくことで、〇〇の人が、自分になります。

桃栗三年、柿八年、ツイード十年。

普段着として軽く着たい場合は、デニムと合わせて着ると、程よくカジュアルになります。
いろんな着方ができると、たくさん活用することができるので、より味が出るのが早くなりますね。

軒先に吊るさなくとも、毎日着れば2,3年後には、相当な味わいが出てきます。
年を重ねる喜びがあるのも、クラシックスタイルの素晴らしいところだと思います。

一生物という考え方

このような服は、将来的には、子供、または信頼できる部下、後輩に譲っていくものです。
一生物というのは、自分のところに一生留めておくことを意味して使われていますが、軸を人ではなく、物の人生に置き換えてみましょう。
人は、心境、環境が変化していくことで、いい意味で飽きる生き物です。(飽きないということは、価値観が進歩していないということかもしれません)
そのときに、次の世代大切にしてくれる人に託す。一生物という言葉は、洋服が主人公であり、オーナーが移り変わっていく変化、その年輪を指すことが、本来の一生物という言葉なのかもしれません。

 


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