The Inspiration tour

BERUNです。

先週金曜日と土曜日の2日間、高松に行ってきました。
ここ最近は旅行続きで、BERUNは一体仕事をしてるのか??と思われているかもしれません。。汗
たまたま、予定が重なっただけです笑。これから年内いっぱいまでは、たくさん洋服を作っていきたいと思っております!

高松は先月の西日本旅行でも行った街なのですが、街の空気感がとても肌に合い、かつ人の出会いにもとても恵まれたので、前回行けなかった場所を今回は巡るツアーを敢行しました。今回はフットワークの軽いお客様でもあり大切な友人と2人で、「The Inspiration tour in Takamatsu」と銘打って行ってきました。

~1日目~

早朝高松空港に到着し、真っ先に向かったのは「NAGARE STUDIO(流政之美術館)」。
2019年9月、今月に一般公開されたばかりです。早速行ってきました。

流政之先生の自邸兼スタジオ。半島の奥地に佇む赤レンガの建物は、タクシーで向かう途中も、遠くからはっきりと確認することができました。まるで要塞のような佇まいです。

美しい彫刻が点在しており、外に展示してある作品には直接手を触れることができます。
何より見たかったのは、1966年に建築を開始し、亡くなる前までどこかしら手をかけ続けていた建物です。1966年といえば、ビートルズがリボルバーを発売した年です。それを想像するだけで、どれだけ前から
増築、改築を繰り返し、完成のないスタジオはとてもいびつで、とてつもない気迫を感じました。

氏はレンガをすべて、「出来損ないのレンガ」を選んで使ったそうです。商品価値のない、いわゆるB品。
真面目な家にはしたくない。というのが生前、氏が語っていたそうです。
真面目は野暮に繋がり、野暮な奴は無粋(ぶすい)である。


氏の想いの通り、ところどころ細部に、あか抜けないユーモラスな空間を作っています。

高松の庵治半島の端にある自邸。今は道路は舗装されて綺麗になっていますが、建築をした当時は道路は赤土でガードレールもない、周りに建物もない未舗装の道路だったと聞きます。そこに自邸を建てるという感性、只者ではありません。

邸宅の中に入った途端、まるで別世界に迷い込んだ感覚に陥ります。そのくらい、現実離れした世界観です。

館内は修理中の部分が多いため、一部のみの観覧でした。今後、観覧できる場所を多くしていきたいそうです。
年に一度は訪れたい。日本でこれほど心が震える美術館はそうそうないでしょう。

天候にも恵まれ、素晴らしい時間を過ごすことができました。
必ず行くことをお勧めします。このためだけに、高松に来る価値は十二分にあります。

夜は2度目のまいまい亭

その後は、近くのアンティークショップを散策し、夜は先月に引き続き、「まいまい亭」に行ってきました。

このまいまい亭という変わった名前、名付け親は流先生だそうです。
女将と大将はわたしのことを覚えていてくださり、イサムノグチと流先生が愛した料理に舌鼓を打ちました。

東京にておしゃれで洗練された味付けに慣れてしまっていましたが、わたしは元々田舎生まれです。こちらの味付けの方が大変好みです。程よいおいしさ。人が作ったぬくもりを感じます。料理はこれ位がいい。と深く感動しました。

まいまい亭の2階では、趣味の延長線のような空気感で古物を販売しています。
あるのは和物が大半で、女将と大将が、イサムノグチと流将之と一緒に全国を行脚して買いまわった器や骨とう品が売られています。普通に明治、大正時代の器がそこかしこに置いてあり、儲ける気のない価格でラフに売られています。
舶来かぶれのわたしとしては、和物にはあまり興味がなかったのですが、色々と当時の話を聞いていると、和の魅力にも気づかされます。
今の漆とは厚みが違う。塗の模様をじっと見ていると、その作家の顔が浮かんでくるような、作り手の想いがしっかりと伝わってきます。わたしが古いものが好きなのは、そういうところがあるからです。
この日、明治時代の器をいくつか購入しました。大切に飾るものではなく、普通に使ってほしい、という想いを受け止めたので、我が家で早速使っています。

akari

イサムノグチも流将之も、常に心のどこかには和を用いていたようです。イサムノグチの自邸は江戸時代の古民家を移築したもので、akariはまさに日本古来の和紙を使った照明です。

この2人はデザインソースをどこから持ってきたのか。今のようにネットがある時代ではありません。
話を聞くと、彼らは2人とも、定住することを好まず、年間通して常に日本中、世界中を飛び回っていたそうです。
そして東京に拠点を構えるのではなく、山と海を同時に抱きしめられる瀬戸内海の半島に移り住んだのは、偶然ではないでしょう。
彼らのような本物のアーティストは、東京のような人が作ったもので埋め尽くされた場所でインスピレーションをもらうのではなく、自然からダイレクトに感覚を受け取ることを大切にしたのです。
だからこそ、人が想像することのできない作品を作り続けることができたのだと思います。

何でもすぐに情報やソースを手にすることができる現代ですが、そうやってインスタントに手に入れられるものは、たくさんの手垢のついた情報に違いないでしょう。
アイデアソースは地球である。これが、いつの時代も、強く生き続ける人は大切にしていることだと思います。

イサム・ノグチ、流政之、この2人は間違いなく、時代にとらわれず、自然からインスピレーションを受けたものを、人間という皮袋を通して、シンプルに発信し続けただけだと思います。

18時から食事が始まったのですが、気がつけば23:30をまわっていました。楽しい時間は時が経つのが早すぎます。
高松には定期的に来ることに決めました。

~2日目~

翌日は念願であった「イサムノグチ庭園美術館」に行きました。


園内は撮影禁止であったため、こちらには入り口の写真だけのアップになりますが、NAGARE STUDIOのような大胆な空間と違い、静かで、素朴で、多くを語らない美術館でした。
彼の作品は、どことなく、不完全さがあるように見受けられます。
タイトルはほとんどの作品にはついていません。意味やストーリーは見る側に委ねています。
自邸の家作りも、足元の石の並べ方も、どことなく不揃いで、でも完成されているような印象を受けます。
少し乱暴な言い方ですが、しっかりと真面目に作ること、美学の枠にはめることは、成長・変化の終を意味するのかもしれません。

我々はスティーブ・ジョブズの登場から、美学の正攻法になぞらえたものを手にするようになりました。
その黄金律という、一見すると完璧であるゴールを提示することで、多くの人は思考を止め、そこで満足してしまいます。
完全で完璧であるというものをあえて作らないことが、より創造性を生み出すことにつながるのかもしれません。

半島の対面上に、世界のアーティストが、「静と動」の美術館を構えています。

金比羅山にて

帰りの飛行機まで時間があったため、せっかく香川に来たからと、金比羅山に行ってきました。
ですが、我々は金比羅山が目的ではなく、山の途中にある「高橋由一美術館」に行くためでした。
日本で最初の洋画家と言われています。
氏の作品は東京では上野でも見ることができますが、構図の作り方がとても素晴らしいです。
一つの絵を作る前の下準備を徹底的にやっていたことがうかがえます。
そしてこの方も、独特なユーモアを多分に感じました。
腕のいい人が真面目にモノづくりをしても、ただ良いものを作れる、というだけで終わってしまいます。
秀才と天才の違いはここにあるのでしょう。いかに面白く、最高なものを作れるか。

この荒れ狂う、入り乱れる現代社会で、本質を貫いていき続けることの大切さを、今回見てきた3つの美術館で発見しました。

マーケティングが先行し、物が疎かになっている現代。常に売り方や打ち出し方が手を変え品を変えしていますが、その波には飲まれず、自分が正しいと思った道をただ真っ直ぐ進むことが、いつの時代も変わらない正義であると思います。

この2日間は濃厚すぎました。2か月分くらいの感動をいただいた気持ちです。
しっかりと咀嚼して、血にして肉にしていきたいと思います。

 


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